メガネを新調しました

何十年ぶりに、メガネを新調しました。
いや、冗談ではなく、30数年ぶりに・・・
最初にメガネを作ったのは、高校生の時。
私の目は、左右視力がすごく違うんです。右、1・0  左、0・1
検査をした医師に、「君は丹下左膳か?」と言われた・・・
今の若い人には、丹下左膳なんてつうじないよね・・・^^;(何それ?食えるの?ってくらい死語?)
父が警察官だったから、警視庁御用達のメガネ屋さんで作ったんですが、父が「これはYSLのブランドものだからい~ぞ」とイチオシで、逆らえずにあまり好みではなかったけど、銀色フレームで上が青いのにしました。
でもメガネは作ったものの、普段の生活には支障がないので、あまり使わなかった・・・

5年位あとに、父に頼んで、もう一つつくることにした。
今度は、自分で選んで赤いフレームのメガネにした。(私、赤とかピンクが好きなので・・・)
大学の授業で、後ろの席から黒板を見るのにはよかったが、手元のノートを見るには役に立たなくて、メガネを上にずらしてノートをとる始末・・・
なんて不便な私の目・・・
で、このメガネも、車で慣れないところへ行く時とか、免許の更新時とかにしか使わなくなってました。
だって、普段の生活にはなーんも支障ないんだもーん(^∇^)ノ

で、今回免許の更新に合わせてメガネ新調することにしたのは、母のお金が入ってきたので懐が楽になったこと、さすがにメガネもボロくなったこと、目が疲れるようになってきたことなどがあり、免許更新だし、いっちょ奮発するか!ってこと。
だって、前回の更新時に、視力検査でメガネをケースから出したら、ポロっと右のレンズがはずれた・・・プッと検査担当者の女性が吹き出して「メガネずっと使ってなかった?」・・・「はい・・・普段の生活に支障ないんで・・・」
フレームを押さえて持ち上げると、今度は左のレンズがポロッ・・・
もう、笑ってごまかすしかないわよね・・・顔真っ赤^^;
それ以後は、職場の健康診断などは初代YSLメガネを引っ張り出して使っていたくらいです。

先週の休みに、近所の眼鏡○場へ行って来ました。
母とダンナの、メガネを作ったときに一緒に行ってる処です。
早速検査をしてもらうと、意外なことがわかりました。
私は、自覚はなかったのですが、主に良い方の右目で遠くを見、左目で本など近くのものを見ているとのことです。
言われてみれば、本を読むときは、自然に左目にピントが合っている・・・右目を隠しても全然変化なしで・・・
遠くを見てるときに左目をかくしても、全然変化なし。
なるほど・・・全く意識はしてなかったけど、脳が自然に使い分けてたのね。
目の疲れとか肩こりも、これが原因かもしれない。
フレームは、上だけピンクの細いフレームで下はなしにしました。
くっきりフレームは、どうにも似合わないんです。
だから、あまり顔の中で「メガネ」を主張しないのがいい。
それと、最近細かい字が見えにくくなってきたので、遠近両用にしました。
昨日できてきたので、今日からつけてます。
今までと見方が違うので、検査の時まで目を慣らしておいた方がいいのと、字を読むときなど、片方だけにピントを合わせているので疲れるから、この際常時メガネ使用のほうがいいと思ったので・・・

職場でなんか言われるかなぁとちょっとビビッてましたが、「なんか感じが違うと思ったら・・・」くらいの反応で、ホッとしました。
最初はちょっといつもと見方が違うのに戸惑いましたが、文庫本を読むときに両目で見るので、疲れないで済むなという感じです。
彼で、万年肩こりも少しは良くなるかも。
介護から解放された今年は、もっと自分をいろいろ変えてみたり、新しいことをやってみようと思っているので(春、新年度だし)、その第一歩かも。(^_-)-☆


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2017-03-26 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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お彼岸ですが・・・

お彼岸時期ですが、今回は、お墓参りに行かれません・・・
母の葬儀から、5週間。
義父の葬儀から、3週間。
どちらも、まだ四十九日過ぎてなくて、納骨されてないし・・・
父のお墓はあるのですが、現状で、父の為だけのお墓参りは行かれない・・・
M家のお墓はありますが、今入ってるのは親族というだけで引き取ったほとんど付き合いのなかった伯父だけで、義母のお骨は、義父の希望で義父宅に置いてありました。
義父と一緒に納骨してくれとの遺言でしたので、来月中ごろに納骨しようと思います。
たぶん、母の納骨も、弟に一任すると思います。
前から言ってたもの、「生きてるうちは面倒見る。死んだあとは、あんたのところで面倒見てね。」と・・・
嫁に出た私は、婚家の面倒を見なきゃならないんだから・・・
今は、自室に両親の写真の前に、お菓子とビールを供えて手を合わせてます。

職場でも、ここ数日、仏花・線香がよく売れた。
一人で(一家族で)、6束とか10束とか・・・地元の家はどんだけお墓がたくさんあるんだ!?

今日は、春らしい暖かさでしたが、明日は打って変わって寒いようです。
ダンナは、体力も気力もへばっています。
明日は友達と3人定例会で出かける予定でしたが、寒いと聞いて「行かないかもしれない・・・」
え~~・・・駅まで送った後は、ショッピングモールへ行って、斎場に葬儀の写真ができてるそうだから取りに行って、有れやってこれやって・・・と予定してたのに、うちにゴロゴロされてたら私も動けないじゃないの~~

今も不機嫌な声で呼ぶから何かと思ったら、今朝はがして洗った掛布団カバーがセットしてない、言わなきゃやらないんだから!とご機嫌斜め・・・
3連勤で疲れ切って帰ってきて、ご飯作って、片付けたらもうグッタリなのに、そんなところまで気がまわらないわよ・・・なんて言ったらもっと大変なことになるから、努めて普通の声で「はいはい、すぐやりますよ~」
普通にやってくれと言えばいいだけのことなのに、機嫌の悪い声で嫌味たらしく文句を言う・・・これは、欝の悪い状態になってるときの傾向・・・
こういう時は、触らぬ神に祟りなし・・・
あ~、明日は、完全につぶれたな。
朝一で整体に行って、体ほぐしてもらおう。
後は、私も寝て過ごします。
おやすみなさい。
2017-03-20 : 未分類 : コメント : 5 : トラックバック : 0
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1か月

母が亡くなって、今日で1か月・・・
長かったような、早かったような・・・
あまりにドタバタし続けていたから、(母のお骨も弟に預けたし)実感ない・・・

母の、保険証や介護保険証の返納、年金受給停止・未払い年金支給手続きは終わった。

3月3日、6日は、自分たちの体を休めることに使った。
私より、ダンナのほうがまいってる。
疲れた~疲れが取れない~と言ってるが、あんたは毎日寝てられるからい~でしょうに!私はその間仕事行ってるんだよ!と言いたいが、欝の傷口に塩を塗り込むことになるので、我慢我慢・・・
だが、その辺はわかってると見えて、私へのいたわりの言葉もよく口にするようになった。
どうしようもなく具合が悪いと、自己中の塊となって、私への罵倒が止まらなくなるから、疲れてはいても具合は悪くないんだな・・・
このドタバタで、お雛様も出してない。
最も、ここ数年、娘が大きくなったので、(めんどくさくもあり)娘のお雛様出してないわ。
自分が作った色紙雛位だ・・・

3月8日~午前中は義父宅の片づけ、午後はダンナの医者の予定で出発するが、行の車中で医者から「急で申し訳ないが先生が倒れて休診」と連絡がはいる。風邪をひいて咳がひどくなりあばらを骨折したという・・・あっちゃ~・・・先生、休む暇もないらしいから・・・
診察はなくても薬は欲しいので、処方箋だけはもらいに行くことにした。
義父宅では、2階も下も窓を開けて空気の入れ替え、万が一お焼香になんて人が来た時のために布団やかけてあった服を全部2階に運ぶ。5~6回は往復したけど、全部私の仕事・・・疲れるからとダンナは動かない・・・どこのお姫様だよ、おめーは!
診察がないだけ、早く帰れてよかった。

3月10日~本籍のある都内の区役所へ、戸籍関係の書類を取りに行く。家・土地・墓・銀行関係の相続に必要だとかで、何通要ったのやら、1万円近くかかっていた。
そこ以前に、千葉の浦安に本籍があったので、そこへも行かなければならなくて、足をのばした。
浦安駅からさらにバスで15分ほど行ったところにある市役所は、大きく新しく、わが市なんかよりず~っと近代的でびっくりした。
ダンナは子供のころに住んでたことがある所なので、ホントは少し歩き回りたかったようだが、疲れを考慮して今回はあきらめた。
都内へ戻り、秋葉原へ向かうので、ま~た○ドバシカメラとか歩き回るのか・・・とウンザリしてたら、○ドバシの8階レストラン街で遅めの昼食でした。
南仏風の小洒落たオープンレストランで、ちょっと変わったクレープに魚介類を乗せたプレート料理で、美味しかったですよ。
クレープがこんがり香ばしくて、なんか・・・そば粉かなって感じで・・・聞いてみればよかったな。
ここの料金は俺が・・・なんて言い出すから、あら、いいのかしらと思ったら、お食事券があったのね。
あちこち歩き回らされたけど、美味しいお昼ご飯を頂いたので、良しとしましょう。

明後日は、ダンナが法務省に行ってる間に、私は義父宅のお片付け。
なんかめぼしいものがないか、物色させてもらいましょうかね^^;
17日は、お休みしていいそうです。ゆっくりゴロゴロさせてもらうことを楽しみに、もうひと頑張りします。
2017-03-12 : 未分類 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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ポカ、しちゃいました~~^^;

いろんな物を詰め込んでおもた~いショルダーバックを、リュックに変えたんですが、社員証だけ移し忘れてしましました・・・
ポケットは全部チェックしたつもりだったんですが、ポケットが多いので…
で、何がまずかったのかというと・・・
①従業員入り口で、警備のチェックリストに名前・社員番号・所属・理由・入店時間を記入し、入店証をもらわなければならない
②総務で、仮名札を出してもらう
③社員証入れに入れてある貴重品ロッカーの使用名札を借りる
④社員証入れにつけてある更衣室ロッカーの予備キーを借りる
しかも、②③④は一々貸出ノートに記入しなければならない・・・
あぁ・・・面倒くさい・・・
いや、全部一緒にくくり付けてあるからなんだけど、全部バラバラだと、普段が不便だし・・・
しかも、更衣室ロッカーのカギは、朝使ったら一旦返し、夕方帰ろ時にまた借りなければならない・・・

忘れなければいいだけのことなんですけどね・・・^^;

で、原因となったリュックへの変更・・・
私、ダンナにもあきれられるくらい、細々としたものを詰め込んでいるんです。
母用の通帳だとか、保険証だとかの諸々がなくなったから少しはましマシだけど、いっぱい入っているので、とても重い・・・
先日、急いで歩いていて、つまづいて転んでしまったんですね。
普通なら、おっとっと・・・という感じでよろめいただけで済んだはずが、肩にかけていたショルダ―バックがものすごい勢いで(力で?)引っ張ったんですよ。
で、ズデっと無様に転び、膝をすりむいてしまいました。
ジーパンの膝は破れなかったけど、膝は見事にすりむけ、しばらくはお風呂でもしみて・・・あぁ・・・みっともないわ・・・

このバックの片掛けが危険だな・・・年齢も考えると危ないし、いつも左肩にかけているのでウィンドウに映る姿はいつも左肩上がり・・・よくないよなぁ・・・
ということで、リュックに変えることにしました。
でも、見た目や大きさ・使い勝手のいいコレ!っていうのがなかなかみつからなかったのですが、まあまあよさそうなのを見つけました。
しかも、○オンのセールで格安!(ここ大事^^;)
で、早速詰め替えたら、このざま・・・
たぶん疲れていたからじゃありません・・・私の通常モードです・・・

使い勝手は、入れ口がジッパーではないので、慣れるまで出し入れにちょっともたもたしそうだけど、背中に背負っちゃうとあんまり重さを感じず、シャキシャキ歩けた感じ・・・
うん、いいかも。
以前、少し前を歩いている女性の後ろ姿が、背筋を伸ばしてシャキシャキ歩いていて、「かっこいいなぁ」と思った・・・疲れてチンタラ歩いている自分が、なんか情けなく感じたので、ちょっと変わろうと思っているのですよ。

疲れて、老けて、ヨレヨレなんて嫌だから。
少しづつね。


2017-03-11 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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義父 葬儀 その後

病院で亡くなると、すぐに医師の死亡確認が行われ、看護師さんによる身支度がしてもらえる。
母の時も、死に化粧をしてくれ、「すみません、どうしても口が閉められませんでした」と伝えてくれた。
前歯が、4~5本入れ歯を2回なくしてそのままにしていたので、うまく噛み合わせられなかったらしい。
義父も、病院の浴衣に着替えさせてもらって、きれいに整えてもらった。
死亡診断書も、すぐにかいてもらえるし・・・
実父の時は、家で亡くなったので、警察官は5~6人来るしいろいろ聞かれるし、母は何度も同じことを聞かれてぐったりしていた。かかり付け医は学会出席とかで不在なのですぐには検死してもらえなかったし・・・近くの大病院の医師が来るのも時間がかかったし、その分死亡診断書も遅れたし・・・ついでに言えば、日取りも悪くて葬儀まで5日もかかったし・・・
家で死なれるのは、本当に大変なんだから。

その身支度の間に、あらかじめ加入しておいた○オンライフに連絡を入れ、2時間後に迎えに来てもらうことになった。
亡くなると、病院側から、「互助会などに入ってますか?」と聞かれる。
「いいえ」というと、病院が提携している葬儀業社を紹介され、動揺し何が何だか判断力が鈍っているところに、業者からいろいろすすめられ、気が付いたらこんなに豪華盛りだくさんの式でなくても良かったんじゃない?ってことになる。
両親の時は、父が互助会に入っていたので、自分に何かあったときはここに連絡しろと言われていたので、割とスムーズにいった・・・弟の見栄でいろいろ上乗せになり、結局金額かさんだけど・・・

今回は、何か月か前に先を見越したダンナが「○オンのお葬式」で質素にすべく加入しておいたから早かった。
○オンライフに連絡すると、最寄りの斎場で空いてるところを探して連絡を入れてくれる。
用意ができ次第、車で搬送・安置してくれる。
今回は、あらかじめの父の希望で、まだ義母の遺骨を安置してある自宅に連れ戻ってくれとのことだったので、一旦自宅に安置。
いつものように布団に寝かされた義父は、今にもいびきをかきだしそうに、只眠っているように見えました。
1時間ほどで、○オンライフが仲介してくれた斎場の担当者が来て、打ち合わせをしました。
奇しくも実父の葬儀を行った同じ斎場でした。
それを聞いて「そうですかぁ・・・ではその一番最近のご葬儀はいつでしたでしょうか?」
「・・・10日前です・・・」
「えーーー!!」のけぞってびくり。
まぁ、そうだよね・・・
今回は、無宗教で家族葬で行いたい旨を伝え、一番簡略化した「火葬式プラン」で行うことにしました。
問題は、火葬場の空き具合・・・友引などを重要視すると、4日先の28日になってしまう・・・いや、4日もこのまま置いとけないでしょ・・・友引でもよければ26日火葬できるとのこと・・・
ダンナの即決、「友引は気にしません。無宗教なんで。26日でお願いします!」
担当さんは、私たちの疲れを気遣って明日1日は自宅に帰ってゆっくり休んだ方がいいと勧めてくれました。
遺体は、ドライアイスをたっぷり使っているし、S市は寒いし、中1日置いても大丈夫だからというので、そうさせてもらうことにしました。
義父のそばには、義母のお骨箱もおいて、ごめんね、私たちが倒れたらどうしようもないから、今日は帰らせてもらうねと手を合わせました。
人によっては、そんなこととんでもない!というかもしれませんが、欝を引きずっているダンナも、疲れている私も、隙間だらけのあの家で2晩過ごすのは無理です。
お義父さん、よくこんな寒い家ですんでいたよね~
病院の寝巻に着替えた後、洗濯のために持ち帰った衣類・・・シャツ3まい、ポロシャツ1枚、パジャマ上着1枚、毛糸のベスト1枚、ガウン1枚、股引1枚、パジャマズボン2枚・・・これだけ重ね着して、電気毛布1枚毛布3枚、布団1枚(なぜか肌掛け程度の薄物だけど)をかけて寝ていたんだよね・・・
それが、30分かけて電話のところに這ってきて、娘が駆け付けるまで1時間以上布団なしで転がっていたなんて・・考えるだけで涙出てくる・・・どんなに寒かったか、心細かったか・・・

訃報を聞いて娘が駆け付けるのを待って、帰りました。
二人が疲れているから、自宅まで娘が運転してくれるというので、義父宅近くで夕飯を食べ、送ってもらいました。
娘は、明日夕方改めて泊りの支度をしてまた来るということにして、一旦帰りました。
その晩は、二人とも、ぼ~~っと気抜けしていました。

翌日は、ただ体を休めることだけの1日。
夕飯ころには娘もきて、あーっだったね、こうだったね、と思い出を語って過ごしました。

26日、8時半には自宅を出なければならいので、大忙しでしたが、喪服はきて、終わってから4人で夕飯を食べに行く予定でしたので着替えを積んで出発。
娘の運転で、義父宅へ。息子とは義父宅前で待ち合わせ。
9時半過ぎに到着。
10時半、斎場から迎えの搬送車到着。
回覧板が来てたので、せめていろいろお世話になったお隣にはご挨拶というか報告に伺った。
亡くなったのでというと、当然ながらとても驚いて、いつですか!?葬儀はどちらで?というが、義父もダンナもあまりご近所さんにも大々的にはせずに、家族だけでひっそりとという希望なので・・・と伝えたところ、今まだ家にいるならせめてお焼香をと言ってくださったので、来ていただいた。
先日、救急車が来ていたので、どうしたかと心配してくださっていたようだ。
「大変でしたね。ところで、お母さんはお元気ですか?」
実家もこの近所だったので、母とも顔見知りだった。
「・・・10日ほど前に・・・亡くなりまして・・・」
「えーー!!」
隣のご主人と、斎場の人と、両側から上がる声・・・
そりゃ、やっぱり驚くよね・・・

ともあれ、斎場に向かい、家族葬用の小部屋に安置されました。
きれいで静かな部屋で、おじいちゃんに話しかけたり、思い出をはなしたり・・・
1時間ほどして、納棺式。
順に顔、手、足を拭いて湯かんの代り。。
黄泉の旅立ちのための、紙製の足袋、脚絆、手甲をみんなで着けてあげ、よくコントや漫画で見る三角の紙は藁の笠に挟んで枕元へ、紙製の六文銭は包んで胸元へ・・・
できるだけ義母の時と同じようにしてあげるといいと言われたが、義母は生協の「ゆきげ」でお願いし、納棺師がやってくれたし、同じようにと言われても難しい・・・
みんなでシーツ毎持ち上げて納棺。
母も義母も小さかったからそんなに重くはなかったけど、痩せたとはいえ、大柄な義父は重かった・・・
白い棺の中で、白い着物をかけた上から顔の周りに花を入れて、最後のお別れ。
「お疲れ様でした・・・やっとお義母さんのところに行けるね」

出棺。
火葬場は、斎場のすぐ裏手。
父の時にも行ってる処だけど、な~んとなくしか覚えがない。
さすがに友引だから、10ほどある炉のうち、2つほどしか使っていない。
平日だったら、分刻みのスケジュールで、今日のようにゆっくり時間を取れなかったかもしれない。
待ち時間の1時間ほどの間に、遺産のこと、家の片づけの事などの話をした。
娘と話していると、ダンナと息子が「あら~・・・」と私の顔を覗き込んできた。
「え?何?」
「目の下、隈ができてる・・・」、
そりゃぁ、隈もできるだろうよ・・・
4人だけなので、お骨上げもあっという間。
おじいちゃんのお骨を家に連れ帰りました。
うちも狭いし、お骨や仏壇もすぐには持ち帰れないので、しばらくは、義父宅でお留守番をしてもらうとダンナの判断で決まった。
いずれ、納骨し、仏壇や必要なものは引き取らなければならない。
その前に、うちを片付けなくてはならないんだが・・・

その後、着替えて駅ビル内のレストランで食事。
疲れと、前から引きずっている娘と息子の気持ちの行き違いで、またもや喧嘩になりそうだったが、なんとか収めて娘は先に帰り、息子と3人で自宅に帰ってきました。
さすがに疲れ果て、8時には寝てしまいました。
こんなに早く寝たら、普通だったら夜中に目が覚めて寝られなくなるんだけど、今回は1回トイレに起き、夜明けにちょっと目が覚めたけど、どちらもまたすぐにねてしまい、起きたのは朝7時でした・・・
11時間も寝たなんて、何年ぶり?
それだけ疲れてたんだわ。
まだまだ、実母も、義父も、事務手続きがいっぱい残っているのよね….

とりあえず、「終わったね・・・」とため息ばかりです。

終わった・・・4人とも、無事に送り出しました。
今は、悲しいより、ホッとしています。
本人や、病院からの呼び出しにヒヤヒヤしなくていいし、面会や様子を見に行ったりで休みをつぶされることもないんだ・・・
ああ・・・終わったんだ・・・

2017-03-05 : 未分類 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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プロフィール

Author:ひまわりしーちゃん
神奈川在住の、アラフィフ主婦。
趣味…手芸、読書

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